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名護市長選2018の結果を静かに迎える辺野古住民の思いは複雑

実はかつて、辺野古は基地の街として米軍兵士を相手にした商売の街として潤っていました。加熱する選挙戦の中、そんな昔を懐かしみ複雑な想いの中、基地移設の推進を心待ちにしている住民の方々も多いのです。その方々に耳を傾けてみると・・・。

老舗スナックでママが嘆く。夜の辺野古の社交街。「ここはゴーストタウンでしょ」。1960年代、ベトナム戦争の頃は約150軒の飲食店がひしめき合い、辺野古にあるキャンプ・シュワブと戦地を行き来する米兵でにぎわった。それから半世紀。米兵の姿はほぼ消え、数軒になったスナックやバーのネオンが寂しく光る。

基地内の売店で働くMさんは辺野古で生まれ育った。約3年前、この地の魅力を伝えようと、米兵も参加する地元行事などを紹介するホームページを開設した。だが最近は更新をやめた。結局、この街は移設問題とつなげられる。気持ちが萎えた。

近くにスーパーがなく、下水道の整備も遅れている。暮らしやすい街にしてほしい。新しい基地ができれば、国のお金でインフラ整備も進むと期待する。基地入り口では移設反対の抗議活動を目にする。地元は基地とうまく付き合ってきた。周りからとやかく言ってほしくない。

地区の商工会責任者のKさん(68)が語る。このままでは過疎が進んでいく。基地ができて騒音だけが来たでは、身もふたもない。2003年、当時移設を容認していた市と、辺野古地区は、移設を前提に議論を重ね、将来のまちづくり構想を作った。アメリカンスタイルの商店街、マリーナの整備等々。だが大半は実現していない。移設反対の稲嶺市長が就任後、国は米軍再編交付金の支給を止めた。

選挙戦では、移設反対の現職の稲嶺進氏と、移設推進の政府・自民が推薦する新人(元市議)の渡具知(とぐち)武豊氏が舌戦を展開。どちらの声も、その実現を心から信じるには至らない・・。そんな、名護市長選挙の結果を静かに見守るばかりの様相ではあります。

建設業者いわく、苦渋の選択で受け入れたのに、国は何の計らいもしてくれない。工事は大手が手がけるが、地元の業者は末端の扱いで利益も少ない。このままでは何の恩恵もない。辺野古地区の人口は約2千人なので市全体の3%。辺野古の人たちの多くは振興を条件に移設を容認したものの、移設反対の民意を受けた稲嶺市政が8年続き、疲労の色が濃い。国への不信もくすぶっている。

このような中でも、住民の中には、移設反対の意思を貫く住民の方々もいらっしゃいます。

金物店を営むNさんは地区で数少ない移設反対派の一人だ。「移設受け入れでやって来るのは事故のリスクだけだ」と語る。国が移設工事を強行しており、「どうせ止められない」と市民の間にあきらめが広がることを懸念する。「子や孫に負の遺産を残すわけにはいかない」